献血でフラフラ

生まれてこの方30数年。今まで献血をしたことがありませんでした。特段珍しい話でもないとは思います。あくまでやりたい人、出来るがやるというのが献血です。
少しでも人の役に立てればという思いと興味。献血に行く理由はそれくらいでしょうか。私は興味はあったのですが、元々貧血なので行くのに躊躇していました。
痩せ型で常に血色が悪いので、献血のラインに引っ掛かるだろうとも思っていました。

先日、初めて献血にいく機会がありました。一度くらい経験しておくものだと思い、献血センターに行ったのです。待ち合わせ時間が大幅に変更になったのもありました。
時間を潰さないといけなかったので、それならと行ってみたのです。自動ドアが開いて中に入ると、思っていたよりも多くの人たちがロビーのソファに座っていました。
ああ、献血に行こうという人は結構多いものなんだな、と妙に感心してしまいました。

初めてということで受付で一通り説明を受けたのですが、そこで思いもかけない事実が発覚。献血には体重制限があるということです。知っている人には当たり前でしょう。
でも私は初めてでしたのでまさかそんなことがあると思わず。後で考えれば当然かなと思いましたが・・・。とにかく私は400mlの献血には不適合だったのです。
貧血だと言われるくらいですから当然かもしれませんね。そして200mlか、成分献血を選ぶように言われました。

成分献血とは、血液の中の「血小板」や「血漿」だけを抜き取る献血だそうです。それでもいいかなと思いましたが、時間がかなりかかるということでした。
待ち合わせにもし遅れてしまったら申し訳ないので、200mlでお願いしますと言うと驚く答えが返ってきました。「使われないかもしれませんがいいですか?」
理由を聞くと、今は400mlの献血を使用するのが一般的で、200mlはあまり使われないんだそうです。

お金をドブに捨てる、ではありませんが、血液をムダにする可能性が非常に高いということでした。なんだかなあと思いましたが、初めてなのでそれでお願いすることに。
あまり使われなくて需要がないのであれば、もうやめたらいいのになあと素人ながら思ったり。もしくは200mlでも使えるような仕組みを作ってほしいですよね。
いずれにせよもう献血には行かないと思います。終わったあと、フラフラで歩くに歩けませんでした(泣)

私の家!!!

年に2回、春と夏、実家から父が遊びに来ます。
遊びに来るというよりは、招いているという表現が有難いんですがね。

自分の父で、招いている立場ですが、言ってもいいですか?
そろそろ、うっとおしいです(>_<) イライラするぅ~・・・ 1週間ほど滞在するのですが、だんだんとイライラが募ります。 なぜかというと、いつも感じる感情はひとつ。 父が家に慣れ、だんだんと我が家のようにふるまい始めるからです。 例をあげてみますね。 家の前に仁王立ち、通り過ぎる近所の人に挨拶しまくる。 しかも、ちょっと上から目線。 旦那のダイニング、リビングの居場所にふんぞり返り説教染みた話しをする。 うちの近所、親戚の家族のことをどうこう愚痴る。 私がしている仕事(自宅での文字起こし)について
あれやこれやと文句を言ってくる。
女が家で仕事するなとか、家事が手抜きになるだとか。
自分は離婚して自由に暮らしているくせに、家族関係のことをとやかく言う。
家のエアコンが壊れ修理を依頼したら、私を差し置いて業者に説明し仕切りだす。
私が子どもたちを叱っていると途中から入ってきて持論にすりかえる。
家族4人が寝ている寝室に勝手に入ってくる、そして寝ころぶ、そのまま寝る。
勝手に家の戸締りを仕切る。

もぅ止めてくれ。
ココは私の家、私たちの家、あなたはお客さんです・・・
父と母が離婚して早10年。
男1人暮らしで、年に2度しか遠方の孫とも会えず寂しいのはよく分かる。
でも、残念ながらココはあなたの居場所ではないのです。
ココは私たちの家、私たちの居場所。

私も父と暮らすのは、高校生以来。
短大で1人暮らしを始め、そのまま就職と結婚をしたので、長く父と暮らしていない。
だから、余計にペースやスタイルが違うのかもしれないけど。
1人暮らしをしてきた男は自由で困ると思う自分も捨てきれず。
相変わらずのマイペースとデリカシーのなさで、コレが離婚の原因でもあたのだけど。
近所の父と同年代の男性を見ていると、あの年代が意外とワンマンな様子。
そんな父親でも大事にしている友人を見ると、私はまだまだだなぁ~とも思うんだけど。
やっぱりダメ、もう限界(*_*)

あと2日頑張れば、父は帰ります。
そしたら、穏やかないつも通りの自分たちの暮らしが待っている。
嫁の父が1週間も滞在することを快く受け入れ迎えてくれる主人に感謝しつつ、
家族4人の時間を大切に過ごしていきたいと思います。

父が帰ったら、のんびり夜パックでもしよっと。

ベトナム製の美容パック、珍しいでしょ☆
遅くまでテレビ観賞している父、そのせいで私の自由時間がないのもストレスのひとつ!

平日の休日

平日で、出勤がない日はホッとします。
朝、バタついて出ずに済むし、家の用事を週末に持ちこさずに済む。
これって主婦にとって、とーっても有難いことです。
家事は年中無休ですから!!

ということで、出しっぱなしのお雛様を片付けました。
母が作ってくれたタペストリーも来年までまた眠りについてもらうとしましょう・・・

で、何をしようか・・・
お風呂掃除、トイレ掃除、キッチンの換気扇のシート交換、それからお雛様を片付けて、主人のYシャツにアイロンを掛けて、あ、郵便局にもいかなきゃねぇ・・・
やっぱり終わりがない主婦の仕事です(苦笑)

なんだか最近、やけに眠い。
春が近いせいでしょうか。
それとも不摂生によるただの寝不足?

この時期は季節の変わり目で気温差も激しくなる時期。
年を重ねるごとに身体がついていかず、起きると喉が痛いなんてことも増えました。
花粉も飛んでいるようで、ひどくはないものの目が痒く鼻も気になる今日この頃。
元気に年度初めを迎えられるよう、今から体調管理により気をつけないとね。
友達は春になったからと婚活パーティーに再び参加しだしたらしいのですが
(冬は冬眠中だった模様)
花粉症を抑える薬を耳鼻科に貰いにいっていました。
せっかくお話する機会で、鼻ズルスル、くしゃみ連発・・・っていうのも、ですもんね。

ということで、私はちょっと寝てみようかなー。
春のぽかぽか陽気のもと、ゆるく温めてコタツに潜るのは最高の幸せです(^^♪

夫婦二人とも生かされている

気がついたら病院のベッドに寝ていました。
見上げると妻と妻の友達の顔がありました。
そして また大きな暗闇に包まれるように寝込んでしまいました。

8年前の話です。私は原付バイクで事故にあいました。
その日、私は会社を設立するためにバーチャルオフィスの契約に行くところだったのです。
企業のために睡眠不足な日々が続いた所でした。判断力も鈍っていたのだと思います。
過失割合は100パーセント私が悪かったので、
事故にあったというより 事故を起こしたという方が正確でしょう。

左足の大腿骨を骨折していました。
ベッドに寝ている私に妻は
「足が折れただけで良かったわね。あなたは頭と口で仕事を
しているのだから、命を助けてもらって頭と口も無事だったんだから、
足の一本無くなっても仕方ないわね。」

ベッドで弱っている私に強烈な言葉が飛んできました。
その時は受け止めることができませんでしたが、
後になって考えると全くその通りで「生かされている」という感じを
少し感じることができました。

8年経った昨年の11月に今度は妻が子宮剄がんになっていることがわかりました。
かなり進行していて患部を切り取ることはできず、
放射線治療を行うことになりました。
1カ月半の入院で35回の照射を受けて、1月中旬に退院しました。

退院して1カ月経った2月中旬の検査で発見当時に5センチあった癌が今では
影のようになっていて、治っていく途中の状態にあるらしく
これで大丈夫でしょうと先生に言っていただきました。
本当にうれしかったです。妻もホッとしたようです。

5年経って再発しない時に完治ということになるのですが、
たぶんもう大丈夫だと思います。
妻も「生かされている」ことになりました。

二人で「生かされている」のは何かを二人でする為に違いないと
最近良く話し合っています。

若いころは二人とも自分のことしか考えていませんでした。
若いころを思い出すと恥ずかしい限りです。

こんな大きな体験をした私たちは
世の為 人の為に自分の身の丈にあった事を
少しずつしていって「生かされている」事を感謝していきたいです。

自由になりたい

昔は、よく空を飛ぶ鳥をみては友達と「いいなぁ~」なんて言っていました。
空を飛びたいな、自由でいいな、なんて。

だけど今は、鳥をうらやましいなんて思いません。

やつら、優雅に羽ばたいているようにみえますが、優雅じゃないです。あれは運動です。
飛ぶというのは運動です。

しかも大空、留まるとこもなく、疲れたって立ち止まることは許されず、羽が筋肉痛になろうとも風の抵抗を受け続けなければならないのです。

前に、強風の中反対方向に進もうと必死で羽ばたきながらもわずかに後退している姿を見たことがあります。
海で遭難したとき、カモメはいい飯にはならないとも聞いたこともあります。遭難して捕まえることのできるカモメは、そいつも大海でさまよって疲れ果てて留まるとこを求めて遭難船に止まるので、痩せきって肉がないって・・・。あくまで聞いた話ですが。

大空を見上げて、壮大な宇宙を感じて、その中を縦横無尽に飛びまわれる鳥をみて、自分には手に入れられないほどの自由をそこに感じることもありますが、地上も、空も、どこも同じ、同じだけの自由と、同じだけ制約と、みんな同じ、同じ重力のなかで生きている地球上の生物。

というか、部屋でごろごろしている私なんかより、やつらの方がずっと働き者でせわしないです。

今日もまた、空高く飛ぶ鳥だちをみて「よくやるな~」と思うのでした。